カテゴリー別アーカイブ: 人工知能考察

日本のAI界隈は新興宗教と同じ

百人一首の話の続きで2ちゃんねるのことを書こうと思ったんですが、ちょっと別の話を書きます。

西垣通先生と西川アサキさん

3年前くらいまではビッグデータ、その次に来てる自意識過剰さん御用達ワードが人工知能なわけですが。どうも、シンギュラリティが来るとか職を奪うという方向の盛り上がりばかりに見えるのはなんでかなと、考えたわけです。シンギュラリティは来ると前提して、喜んだり受け入れるか、怖がるかどちらかしかないように見える。

西垣通さんという情報学の先生がいます。西垣さんは一貫してAIというかITの限界を説かれてまして、私の問題意識と合うのです。そこで、去年西垣さんのセミナーに参加したことがあるのですが。そのセミナーには、西垣さんのほかに西川アサキという若手哲学者も登壇してましてね。AIは大したことない派の西垣さんVS.AIが人間の知能を持てない理由がわからないよ派の西川さんという図式でした。

海外のAI事情はそれほどしっかり調べてないですけど、例えばこんな記事もありますね。

The End Is A.I.: The Singularity Is Sci-Fi’s Faith-Based Initiative

シンギュラリティの本場アメリカより、日本のほうがいわばAI信者が多いのではないかな。

AI信者という新興宗教信者

AIにすべて滅ぼしてしまって欲しいAI信者が、日本にはたくさんいる。教祖はレイ・カーツワイル。なぜか?

人間より優れたAIがすべてを変えてくれる(壊してくれる)と考えれば、いけてない人間(生物)である私も自意識を保てる

と考える人が多くいるからですよ。人間としていけておらず、生物としてもいけていない。だからAIでみんな滅びちゃえ。そういう表現を、「俺は頭がいいし哲学までしちゃってる」という高い自意識も込めてできてしまうことが、人工知能凄い系の流行現象の本質ですね。一昔前の「希望は戦争」のようなものです。

名古屋でとてもユニークな人工知能の講義を聞かせてくれた女性研究者もね、やたら忙しいせいかAIに人間を越えてほしいと思ってるみたいだったし・・・。社会システムもますます行き詰ったとき、ええじゃないかを踊りだすのではなくAIに何とかしてほしいと願う。

西垣さんは、もう70近い方で家族もおり好々爺のような方です。いっぽう西川アサキさん。アラフォー独身です。セミナーでのファッションがSFみたいなコスプレのようなファッションで、これまたこじらせ感が。黒のレザーが多く使われていたような記憶です。サイバーパンクではないんですが・・・。

こういう対照的なおふたりの、AIに対する賛否とパーソナリティと人生。いろいろ示唆的だと思いませんか。私も40オーバー独身です。そんな私が思うに、人工知能は奥深いですが、アルゴリズムは全部人工知能にされてしまう勢いの最近の風潮は、少子化や草食化や独身の交際相手なし70%と根が同じと思いますよ。

私は生物として強力でい続けたいと思います!フォースのともにあらんことを!

ちはやぶる 神代も聞かず 人工知能 シンギュラリティ 人智超えるとは(3)

(2)から3か月も経ってしまった。この問題こそ私のモチベーションなので、何年かけても続けますけどね。

  1. 1,000,000種類の記号の中からランダムに31の記号を選択する(重複を許す)
  2. 選んだ31の記号を、これまたランダムに並べる
  3. 1と2を1,000,000回繰り返す

この100万人1首を超高速処理するAIカルタというのを仮定して、いまのエンターテイメントが100万人1首になっていっているという私の憤りを書きました。

感じませんかね・・・。インターネットにしても、「面白い記事」という「型」があってそこへ当てはめたものばかりになってません?Facebookに流れてくる「面白いネタ」ってみんなこれだし、そういうのを馬鹿にする人種(例えばはてなー)だって、別の「型」に則ってるだけなんですよ。そして、だんだん型ですらなくなって高速記号処理に近づいて行ってるわけです。

Perfumeが主題歌を担当した映画「ちはやふる」を見て競技カルタを始めて、「心が豊かになった」という人がいる。最初の数文字で決まり手を判別して高速で札を取りに行く。この点で、競技カルタは高速記号処理に見えるわけです。AI100万人1首では心は豊かになりそうもない。じゃあ、百人一首はどうして心を豊かにできるのか?私の考えでは、時間の積み重ねである「歴史」と「身体」が存在するからだと思います。それは「意味」と言い換えてもいいと考えてます。飛躍があるように見えるでしょうけど、まあそれはおいおい説明するとして。

どうも人工知能の分野では、意味についてあまり扱いたくないのでしょうかね。深層学習流行りの最近では、ますます意味は知能の対象外になっているように見えますね。時間と身体を無視して、一次元的な記号列による表象ですべての知能活動を賄えるとしてしまう・・・。彼らは感情は知能の部分要素と思っているか、理性より劣ったものとして切り捨てているようです。

「人工知能」脳に近づくと、左が右と大差なく見えるようになっていきます。ゲシュタルト崩壊ともいいます。ところで、ゲシュタルト崩壊という現象も知能について考えるにあたって興味深いですね。

理系の研究所にいて人工知能を研究しているような人は、「面白くない自分」を気にして劣等感を抱いていたりします(笑) そこで、

「感情は知能に劣る。感情があるせいで冷静な判断を人間は下せないので、人間を超えた人工知能に様々な課題を解決してもらおう」

このようなことを考えているわけです。このことが正しいかどうかは置いておきます。最近のように社会全体が人工知能人工知能ということで、全分野で働く人の脳みそがAIっぽくなっていっている、とりわけエンタメ分野が面白くなさすぎるがウンコすぎると私は怒っているわけです。

次回 2ちゃんねるのコピペ文化へ続く

ちはやぶる 神代も聞かず 人工知能 シンギュラリティ 人智超えるとは(2)

前回の(1)で、百万人一首というものを仮定してみました。

  1. 1,000,000種類の記号の中からランダムに31の記号を選択する(重複を許す)
  2. 選んだ31の記号を、これまたランダムに並べる
  3. 1と2を1,000,000回繰り返す

これをやって出来上がった100万枚のカルタで、AI選手がカルタ取り競技をするというものでした。

AIは読み上げ(というかコンピュータ同士の競技なので何かしらのINPUT)を聞いて、100万種類の記号の中の決まり字「☆」とか「!」で、AIならではの敏速な判断を下して、カルタをGETし合います。人間様が観客でいるなら、わかりやすくカルタをAI選手の一人が取るごとに、LEDでもなんでも点灯させてやることとします。

100万枚のカルタだろうが100万種類の記号の羅列だろうが、プログラムなのでわけもなく取っていきます。各AI選手は、いまの将棋プログラムのように人がプログラムしたものでも、自律して自己を書き換えてしまう未来のAIプログラムでもいいです。

観客には、激しいLEDのフラッシュが見られてエキサイティングかもしれませんね。LEDではつまらないか。今思い出しましたが、80年代の映画「WAR GAME」でコンピュータが3目並べをするシーンがありました。こんな感じで人間向けにショーアップしたら、少し楽しそうですね。ちなみに、映画のAIは三目並べの次に核戦争のシミュレーションを始めます(核戦争の映画です)。

では、凄まじい勢いでカルタを取り合っているAI選手にとっての、カルタとは何でしょう?このエントリーを書くきっかけになった中華料理屋で見ていた百人一首の番組で、「ちはやふる」を見て競技カルタを始める人が増えていると話してました。そういう人の中には、「心が豊かになった」とかいう人がいるわけですよ、お約束ですが。

百人一首は決まり字があり、それが上の句の最初の2文字とか3文字にくる場合もあるんです。それをイントロクイズばりに超反応で取りに行く。それが競技カルタです。そういう競技をたしなむうちに心が豊かになるとは、どういうことなのでしょう。この超発展版として、このエントリーで仮定した百万人一首というものが、考えれれるでしょうか。どうでしょうか。

現代社会のITの使い方は、様々なエンターテイメントを百万人一首にしようとしているということに、私はもの凄い憤りを感じているわけなんです。だって、クソつまらないから。

続く

ちはやぶる 神代も聞かず 人工知能 シンギュラリティ 人智超えるとは(1)

他とは違う視点で人工知能について考えてみる、このコーナー。今回は、富士山近辺の村にある中国人経営の中華料理屋で、食事をしながらテレビを見ていて考えたことです。

ちはやぶ・る・う♪

テレビでやっていたのは、Perfumeが主題歌を担当しました「ちはやふる」という映画について。百人一首の競技カルタの映画です。私は映画を見てないですが、まあ、それは重要でないので。

番組で競技カルタの説明をするときに、「カルタのイントロクイズみたいなもんですね」という、うまい例えをしてました。私は、中学生のときに学校で百人一首大会が行われたことを覚えています。いちおう、100首全部暗記したような気がしますね。でまあ、本番では暗記の成果を披露するなどできず、普通のカルタ状取り態になったわけですが。

トップクラスの選手だと、「決まり字」が読まれた瞬間に手が出ると聞いて、中学生ながらに疑問を持ったんですよね。最初の数文字でどの札がターゲットか決まってしまう。「それって、百人一首の和歌の意味はどうなるんだろうか?」

 

百万人一首

映画をきっかけに百人一首なり競技カルタに興味を持つ人が増えていると、番組の中でいってました。始めた人によれば、「心が豊かになった」という「決まり字」が読まれるのですが。さて、ここで思考実験をしてみます。

  1. 1,000,000種類の記号の中からランダムに31の記号を選択する(重複を許す)
  2. 選んだ31の記号を、これまたランダムに並べる
  3. 1と2を1,000,000回繰り返す

以上を行いますと、100万枚のハナモゲラ語のカルタがが出来上がります。

karuta

まあ適当に作りましたが、こんなのが100万枚あるわけです。このカルタは例えば、決まり字が「◇」だったり「A」だったりするわけです。このカルタを使って百万人一首大会を行ったとします。選手は全員コンピュータ(AI)とします。

勘のいい方は、「中国語の部屋」を思い出したことと思います。

中国語の部屋

百人一首を題材に中国語の部屋問題を扱う意図については、次回で。

人工知能の「面白さ」へのかかわり

昨今、言葉がビッグデータより遥かにキャッチーなせいか、なんでも人工知能といい過ぎではないでしょうか。こちらのこのカテゴリでは、少し違った立ち位置から人工知能について考えてみたいと思います。

問題意識をハッキリさせるために、けっこう前のことですが去年の夏、茅ヶ崎市美術館で行われた「正しいらくがき展」を見てきた感想など。

http://www.chigasaki-museum.jp/natsufuku/2015/

この、SEMI-SENSELESS-DRAWING-MODULES は、周囲の気温・湿度・騒音などの情報をインプットし、それをもとにシアン・マゼンタ・黄色の3色でを書くマシンです。札幌で展示したものを、茅ヶ崎に持ってきたそうです。

この企画、人間の創造を模倣・学習・偶発性と分類して、それを機械に実装できるかという試みの「模倣」バージョンだそうです。札幌でマシンが描いた絵を、茅ヶ崎の子供たちが「模写」しまして、それをマシンがさらに模写するという企画でした。札幌でのマシンの絵・それを子供が模写した絵・子供の絵をマシンが模写した絵の3つが展示されておりました。

この展示を見て、私の中の日ごろの鬱憤が爆発する思いでした。撮影可だったため写真を撮ってきました。※全体ではなく一部のアップです。

子どもの模写と思われる

子どもによる模写

マシンの絵

マシンの絵

撮影したときに記録していなかったので、どの写真がどの段階のものか判然としなくなってるんですが、確実なのは上の写真は子供による模写であることです。なぜなら、模写元のマシンの絵にはない星形が勝手に付け加えられているからですね。下の絵はマシンのものであるのも確実で、札幌のオリジナルの絵も子供の絵の模写も基本変わらずこのようなものです。子供の付け加えた星形が消えています。

子どもは、このマシンの絵を模写することが楽しかったのだろうか?と考えると、まず面白くないだろうなと思うわけです。そこにない星形を付け加えたところに、「つまらないなあ」という抵抗を感じます(笑) 子供の絵をマシンが模写すると、その星形が消えるのも謎。これが再現性のあることだとすると、大変大きなことなのですが・・・さて。

抽象画のようで綺麗といってる人がいるようですが、グーグルかどこかのAIが描いた絵のように、いってみれば抽象画しかマシンは描けないと考えられます。印象派のような絵を出力できるようになるのか?なったとして、その出力の過程は印象派の作家の絵を描くときの脳・及び身体プロセスとは明らかに異なるでしょう。そういう出力した絵に意味はあるのかないのか。

人工知能のみならず情報技術の過度な導入により、「おもしろくない」世の中になっているというのが、私の問題意識です。意識高い人の話す内容が詰まらないのと、何だか似てませんか(笑)

とにかくさ、子供はこの模写拷問じゃなかった?そうでもないの、最近の子は。

個の企画、模倣・学習・偶発性とバージョンがあり、一番興味深い偶発性はまだICCでやってますね。行ってくるとします。こちらは、模倣バージョンのマシンが気温や騒音などを入力としてましたが、偶発性バージョンは、作家の姿のプロジェクションを投影した空間を鑑賞者含めて入力するらしいので、もっと面白いかもしれません。

同じ作家による SENSELESS-DRAWING-BOT というものがあります。

 

これは、原理的にほぼ同じながら私は逆にかなり面白いと感じるのですが、どうですか。理由を考えると、SEMI-SENSELESS-DRAWING-MACHINE と違って、

  • 重力が作用している
  • 機械が物理的に大きい

これらの要因が大きい気がしますね。最近は身体性がクローズアップされてきてますので、人工知能の世界も変わって行くのかもしれません。