月別アーカイブ: 2016年6月

ちはやぶる 神代も聞かず 人工知能 シンギュラリティ 人智超えるとは(2)

前回の(1)で、百万人一首というものを仮定してみました。

  1. 1,000,000種類の記号の中からランダムに31の記号を選択する(重複を許す)
  2. 選んだ31の記号を、これまたランダムに並べる
  3. 1と2を1,000,000回繰り返す

これをやって出来上がった100万枚のカルタで、AI選手がカルタ取り競技をするというものでした。

AIは読み上げ(というかコンピュータ同士の競技なので何かしらのINPUT)を聞いて、100万種類の記号の中の決まり字「☆」とか「!」で、AIならではの敏速な判断を下して、カルタをGETし合います。人間様が観客でいるなら、わかりやすくカルタをAI選手の一人が取るごとに、LEDでもなんでも点灯させてやることとします。

100万枚のカルタだろうが100万種類の記号の羅列だろうが、プログラムなのでわけもなく取っていきます。各AI選手は、いまの将棋プログラムのように人がプログラムしたものでも、自律して自己を書き換えてしまう未来のAIプログラムでもいいです。

観客には、激しいLEDのフラッシュが見られてエキサイティングかもしれませんね。LEDではつまらないか。今思い出しましたが、80年代の映画「WAR GAME」でコンピュータが3目並べをするシーンがありました。こんな感じで人間向けにショーアップしたら、少し楽しそうですね。ちなみに、映画のAIは三目並べの次に核戦争のシミュレーションを始めます(核戦争の映画です)。

では、凄まじい勢いでカルタを取り合っているAI選手にとっての、カルタとは何でしょう?このエントリーを書くきっかけになった中華料理屋で見ていた百人一首の番組で、「ちはやふる」を見て競技カルタを始める人が増えていると話してました。そういう人の中には、「心が豊かになった」とかいう人がいるわけですよ、お約束ですが。

百人一首は決まり字があり、それが上の句の最初の2文字とか3文字にくる場合もあるんです。それをイントロクイズばりに超反応で取りに行く。それが競技カルタです。そういう競技をたしなむうちに心が豊かになるとは、どういうことなのでしょう。この超発展版として、このエントリーで仮定した百万人一首というものが、考えれれるでしょうか。どうでしょうか。

現代社会のITの使い方は、様々なエンターテイメントを百万人一首にしようとしているということに、私はもの凄い憤りを感じているわけなんです。だって、クソつまらないから。

続く