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ブロックチェーンのfork/日本人エンジニアの客観信仰

雑誌・現代思想でビットコインとブロックチェーン特集があったので、急遽購入。野口悠紀雄氏や慶応SFCの斉藤賢爾氏など有名どころが寄稿してます。

私は、栃木県に住んでいる英国人のEdmund Edgarさんの仕事をときどき手伝っているのですが、彼はブロックチェーンやビットコインに詳しいんです。ちなみに彼は日本語ペラペラです(笑) そこで色々と話を聞き出したり、その手の英語サイトの議論やブログを読んでいます。そして、少なくとも中年以上の日本人ITエンジニアや研究者は、1周遅れのパラダイムにしがみついている人がほとんどじゃないかという思いが強くなってます。

ナイーブというか潔癖症というか、とにかくカチッと固まった世界しか相手にしたくないようなのですよね。客観信仰とでもいいましょうか。

昨年夏に、EthereumのTHE DAOコントラクトのバグを突かれることで、不正にETHが数十億円分奪取される事件がありました。その対応としてソフトフォークとハードフォークという2つの対応が考えられる中で、現実にはハードフォークで対応されました。ソフトフォークは、以前のブロックチェーンの仕様と互換性を保ちつつ、盗んだ奴の口座を凍結する対応。ハードフォークは互換性なく完全な新しいブロックチェーンへの移行です。

斉藤賢爾氏のような人からすると、特にハードフォークはありえないような話らしいんですよね。彼によると、ビットコインも含めブロックチェーンの設計から間違っているそうなんですよ。そのことについて「現代思想」の女性経済学者との対談で語るところによると

「あなたたちは、自分たちのやっていることをわかっていますよね?」

という気分だそうですが。いや、彼らはどう見てもわかっていますよ?

斉藤さんやある割合の日本人エンジニアの感覚は、

「ブロックチェーンがフォークすることは歴史が分岐することとなる、よって好ましくない」

だと思います。しかし、Ethereumの開発中心人物で若干20歳のVitalik中心に展開されるフォークについての議論を追うと、フォークそれ自体がとんでもない間違いとは思っておらず、問題にもされていないように見える。THE DAO事件が起きてしまったから後付けでというわけでもないはずです。私の英語がたいしたことないとはいえ、この印象は間違っていないと思います。

Ethereumの公式ブログのVitalikのポストです。Edgarさんに教えてもらいました。

The Subjectivity / Exploitability Tradeoff

私はこの”Subjectivocracy”という単語を見て衝撃を受けました。主観主義とでも訳すべきでしょうか。客観主義がダメであるというのは昔っからの私の持論ですが、西洋哲学の本場の人たち自体客観信仰している人ばかりではないんですね。

  • Subjectivity  → 主観
  • Objectivity → 客観

ですが、このエントリを読むと、日本人エンジニアや研究者が神聖視していると思われる客観性は、同時にCURSE(呪い)でもあるとVitalikはいっています。

Objectivity has often been hailed as one of the primary features of Bitcoin, and indeed it has many benefits. However, at the same time it is also a curse.

客観性はビットコインの主な特徴として歓迎されているし、事実役に立つことも多い。しかし、同時に呪いでもあるんだ。(拙訳)

エントリはけっこう長いのですが、是非読んでみて欲しいです。システムがSubjective(主観的)であるとき、Not exploitable(攻撃しにくい)がマネージコストがかかる。Objective(客観的)であるとき、オートでシステムが維持できるが攻撃しやすい。そのトレードオフだということです。オートでAIっぽく世界が進行する・・・60年代70年代生まれのパソコン少年が喜びそうな世界ですねwwww だけど、本場のあちらの人たちはもっと大人のようです。

ハードフォークすることを歴史の分岐だから好ましくないとするのではなく、それぞれが自分の好む(主観的な)世界を選択することができるという考え方。こちらのほうが断然よいと思いませんか?

Edmund Edgarさんは、Subjectivocracyを実装したRealyty Tokenというプロジェクトを構想しています。これがまた刺激的なんですが、今一生懸命ホワイトペーパー読んでます(笑)